絶対稟界と出会ったのは、

交通違反で運転免許が取り消しになり、それまでやっていた仕事が出来なくなったことで紹介された鳶職の時。

親友が2006年6月9日に亡くなる少し前、不思議なことが起こった中で絶対稟界は現れることになるが、これはそのことを話す目的の記事ではありません。

2004年の6月を最後に一定期間役所の仕事や、一般在来の建築物の足場組をやっていた。

当時は不良少年を更生させるつもりで、暴走族や暴力団、懲罰経験者の何人かとともに建設現場まわりをしていた。

元々、鳶職なんて出来る人間じゃないのに、

見習いでも送り迎え付きだったので、免許が無くなったことが決定打になって鳶になったのが始まりだ。

シングルアンチなら8枚。4メートル単管なら10本近く担ぐ、

鍵の掛かったドアでもカギごと千切って引き抜いて

ドアをコジ開ける

ちょっとした怪力が付いてしまったのもこの時だ。

怪力があっても、

何の役にも立たないと、そうどこか自分を馬鹿にしながら毎日、冷たく汚れた部材を、

分子や粒子、信号や脂質、水分の合成が、行儀の悪い人間を更生させる力にならないだろうか?と、根拠もなくそんなことを考えながら足場を組んでいた。

それを示すように

若い連中が時折小競り合いを勃発させ、喧嘩や殺人未遂、暴行傷害事件等を起こし

警察沙汰を和解させたりして、

金にもならず、むしろ損になるようなことばかり関わらされて泣言の一つも言いたい気分の中、

あの時は忍ぶことで何かを得ようとしていた。

欲しかったのは、今の自分。

この業界は、見た通りゴロツキも多く

ロクでもない連中という偏見が世間様にもある中で、それを示すように背中に墨を入れている者も多くいる。

彼らが背中に彫り物を入れるのは、

若さゆえの過ちか、ヤクザに憧れてもあるのだろうと・・・

正直に言うと、自分自身もずっと偏見をもっていた。

それが、引退前に見方を変える一言があり

偏見に対する考えを改めさせられた。

鳶職が、背中に彫り物を入れるのは

高いところで仕事をするから

落下して死亡することも予想され、地面に叩きつけられれば顔面も頭も破裂してしまう。

その時に、

落下したのが誰なのか周囲の職人から一目でわかるよう

各々の思いを込めて背中に彫ったのが始まりだったと教えられた。

その話が本当かどうかは定かでないが、要は

遺書なのだろう。

高いところに上がるとわかるのは

ヤクザに憧れた程度の根性では勤まらない。

見た目は同じようでも本質は全く違う。

それを自覚したとき、

鉄の掟と機械のような冷たい人間と揶揄された自分が、

感情的になりやすく、

それでいて

どうでも良い話に花を咲かす子供っぽい彼らに

人間らしさを垣間見た。

社長になりたいか?

そう若いのに聞くと

なりたいと言うので問題児の一人に継がせて引退した2004年。

問題児だった彼も、社長になったら問題を起こさなくなった。

まあ、彼も正常な人間だったということだろう。

あれ以来、みんなとも、彼とも会ってない。

元気にやっているだろうかと思う時はある。

我々の住む

住まいが建設される際には

鳶職が必ず来ます。

ガラが悪く、品があるのは居ませんが、

同じ今を生きる彼らにも、ささやかな祝福を。